2018年のノーベル生理学・医学賞受賞の話題で『基礎研究』が注目されていますね。実年齢より若く見えるエイジング対策の分野にもきちんとした基礎研究があるのです。
お話を伺ったのは、植物や食品などから、エイジング対策や生活習慣病の予防・改善に働く機能成分を探し出す基礎研究を行っている、筑波大学生命環境系 准教授の坂本和一先生。
坂本先生は、実験室で行う「基礎研究」の分野で、試験管や実験生物を使い植物や食物の成分の働きを研究しています。“アットホームな癒し系” が特色の坂本先生の研究室。ご本人も癒し系のお人柄でした。
「サーチュイン遺伝子」という長寿遺伝子によるエイジングケアの研究を、生物学研究に用いられる主要なモデル生物のひとつ、線虫※1で実験しています。
最初はお茶から始めて、線虫にいろいろなものを食べさせてみるところからスタート。お茶では痩せる、つまり、線虫の脂肪の蓄積が減る変化がみられたようです。同じ実験をネズミに試すと、このような変化が現れるまで1〜2カ月かかりますが、線虫は1週間でわかるとのこと。
いろいろな食物、植物、発酵食品、単体としてポリフェノール類を与えた結果、線虫の老化の速度を緩やかにする成分などが見つかりました。そのほかにも、老化に関連する成分と特定の遺伝子との関係から、何らかの長寿遺伝子が関わっていることも明らかになってきているようです。
坂本先生は、口から食品として機能性物質を体内に取り入れることを大切に考え、20年の研究のなかでさまざまな食品となる物質の機能を解明してきました。ですが食事は、食べる量や質などが人によってそれぞれ異なることもあり、食品の機能だけではエイジングケアや生活習慣病の予防には足りないのではないかと感じ始めたのです。
ヒトや動物は、外界を感知するために「五感」を使いますね。とくに嗅覚は、五感のなかで唯一、直接、大脳辺縁系(だいのうへんえんけい/本能行動や情動の中枢)に伝わります。つまり、嗅覚は老化の指標になるということ。言い換えれば、「匂い」という刺激が、老化の予防になる可能性があるのではないかと坂本先生は考えました。
線虫は匂いに敏感で、驚くことに犬よりも嗅覚が鋭いといわれています。「がん患者さんの尿の匂いに、線虫が寄ってくることを利用したがん検査はすでに実用化されています。線虫には匂いの好き嫌いや温度などの刺激に対して一定の反応があるので、はじめは興味本位で線虫にいろいろな匂いを嗅がせて実験してみたのです」(坂本先生)
線虫に好きな匂いと嫌いな匂いを嗅がせると、好きな匂いを嗅がせた方が、寿命が伸びました。また、どちらの匂いも「ストレス抵抗性」は上がったとのこと。このような結果をふまえて、いろいろなアロマを線虫に嗅がせて実験を続けている坂本先生。
「人間は匂いを嗅ぐことによって、脳波 血流、血圧などが短期的に変化するという実験結果がありますが、それ以上に踏み込んだ研究はまだされていません。匂いの身体に対する中長期的な効果に関する研究はまだまだこれから。長寿遺伝子はもちろん、そのほかの遺伝子の発現に関しても研究が行われていくことでしょう」(坂本先生)
「嗅覚神経の衰えは老化を判断する指標になりますが、反対に、匂いの刺激をポジティブに利用して、老化を遅らせることができるのではないかと私は仮説を立てています」(坂本先生)。坂本先生は、このような刺激を「機能性刺激」または「健康刺激」と呼んでいて、これらの研究が進めば、将来は嗅覚を含む五感の刺激で健康寿命を延ばすことが可能になるかもしれないとのことなのです。
「家の中のトイレとお風呂は、「機能性刺激」をうまく利用できる場所となるでしょう。尿や汗などをセンサーでモニタリングし、その日の体調に合った匂い(アロマ/精油の香り成分)が出てくるような装置が実現できれば素晴らしいと思います」(坂本先生)
色、明るさ、温度というこれまでの環境要素に加えて、匂いによる空間デザインは、今後の研究テーマのようです。「例えば、治療の効果が高くなり不安感が和らぐ病院、幸せな気分になれる介護事業所、仕事がはかどるオフィス、みんなが仲良く勉強できる学校……などが実現できるかもしれない。もちろん企業の力も借りなければなりませんが、健康長寿のための「機能性刺激」の実用化の基となる、基礎研究をこれからも進めていきたいと考えています」(坂本先生)
坂本先生は、ヒトの嗅覚が感じるアロマの「香り」や好きな「匂い」で、ストレスを解消し多幸感を感じる“オキシトシン”という幸せホルモンの分泌も活発になることもお話くださいました。さまざまな多様性とよりよい共存をするために、心の不安が喜びに変わる空間の環境が、今後注目されるかもしれません。
癒し系で優しいお人柄の坂本先生
最後に、坂本先生から分子生物学分野でのエイジング対策基礎研究法について。
「20年くらい前、研究テーマとして、健康、未病、予防医学、抗老化という分野に興味をもち、この研究を始めました。いま行っているのは、植物や食物の成分のなかで、エイジングケアや生活習慣病の予防や改善に関連するものを探して、そのメカニズムを調べる基礎研究です。
老化、脂肪の代謝、糖の代謝という、多くの人が抱えている健康問題と食物の関係を調べるために モデル生物として 線虫(線形動物)※1を使用しています 。線虫は、ヒト(人間)と本質的な生物学的特性が非常に近い生き物で、ゲノム※2に含まれる遺伝情報がヒトに類似しています。
つまりヒトの遺伝病の原因遺伝子の多くが、線虫にも存在しているのです。線虫は口を含む消化器、神経などの組織が発達していて、老化や寿命、身体の機能などを調べるのに適しており、培養も簡単です。ネズミを使う場合は実験中に解剖が必要になることもありますが、線虫だと解剖せずにそのまま顕微鏡で確認できます。また、さまざまな物質に対する感受性が高いのも大きな利点です」
【解説】
※1線虫:土の中など、さまざまな場所に生息している線形動物の総称。無色透明で骨はないが、器官があり、食事や消化といった行動ができる。体長は、0.3~1mmと小さく無色のため肉眼では確認しにくい。生物学研究に用いられる主要なモデル生物のひとつで、発生生物学および遺伝学分野の発展に貢献している。
※2ゲノム:遺伝子(gene)と染色体(chromosome)から合成された言葉で、DNAのすべての遺伝情報のこと。
【写真・情報提供】
筑波大学大学院 生命環境科学研究科 准教授
坂本 和一 先生
筑波大学・生命環境系 坂本研究室
kazlab-sirtuin.net
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